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  • 執筆者の写真内田 博

ウグイスの不思議

 季節によって変化するウグイスのオスの不思議をご紹介します。


写真1.さえずるウグイスの雄

●春に変貌するウグイスの雄

 

 ホーホケキョ、ホーホケキョ、ケキョケキョケキョ・・・さて、みなさん、ウグイスの鳴き声は誰もが知っていますよね。日本三鳴鳥の中の1種で、山林に行けば、夏にはその美しい囀りはよく耳にするし、時には口笛で真似したくなった経験のある人も多いでしょう(写真1)。私は、環境省が山階鳥類研究所に委託している、鳥類標識調査(バードバンディング)のボランテイア調査員で、調査のためにカスミ網でウグイスを捕えることもよくあります。冬のウグイスはチャッチャッ…と薮の中を移動しながら鳴くだけで、ほんと目立たない地味な色合いの鳥です。すらっとした体形で、雄と雌は同じ色合いですが、雄は雌より大きく体重は15g前後、雌は10g前後なので、長い脚(正確にはふしょと言います)に着ける環境省のシリアル番号の入った金属リングもサイズが1ランク違うほどです(写真2)。捕まっても静かで、あまり咬むこと、突くこともなく、また足で指など摑まれますが、痛くも無く、標識を着ける前に逃げられる心配をするくらいで、すごくおとなしい、扱い易い鳥です。

   こんなおとなしく扱い易い鳥が、春になりホーホケキョと囀り始めると、変貌を始めます。とは言っても、羽色が大きく変化するのではありません。囀りを始めた3月から徐々に体重が増加し、囀りがよく聴かれる4月には、体重が20g前後まで増えます。それは冬の体重の1.3倍くらいの重さです。シジュウカラなどの多くの小鳥類では、一年を通して体重の変化はあまりありません。ただし、ウグイスの雌では、体重の増加は無く、春になっても同じ体重を維持しています。

 

写真2. 大きさが異なるウグイスの雌雄(左:♀、右:♂)

 ウグイスの雄は、体重変化に伴って体形が大きく変わります。何か食べ過ぎてお腹に脂肪が付き、太るということではありません。渡りをするシギ類の渡り前の時期や、産卵前のモズの雌など、あるいは私のお腹の例など、脂肪を増やして太るというそんなメタボみたいなことではありません。ウグイスの雄の場合、冬の間すらっとしていた体形が、頭から胴体につながる喉の部分の筋肉が発達して猪首になってきます(写真3)。もう頭と同じか、それ以上に太くなり、すらっとした痩せ型の美人を思わせる体形から変貌してしまいます。さらに、腿に筋肉が付き、ちょっとがっしりとしたマッチョマンみたいな感じ。この腿の筋肉の増加が曲者で、秋から冬に容易に扱っていたウグイスが、突如として別種のような強力な握力で指を握ってきます。この握力、ほんと半端では無く、ウグイスの爪が皮膚に食い込むほどで、イテテテ・・と声を上げるくらいです。指の爪と皮膚の間にでも爪が入ると、血も出るほどで痛い!しかし、これはウグイスの雄のことで、雌に指を摑まれても痛くなく、なんの変化もありません。

写真3. 冬のウグイス(外見では体重の違いは分からない)

●なぜウグイスの雄は変貌するの?

 

 では、どうして春にウグイスの雄の変貌がおこるのでしょうか? ウグイスの社会は一夫多妻という雄1羽が複数の雌とつがいになる繁殖システムです。以前にホトトギスの研究をしていた際、ホトトギスはウグイスの巣に托卵して雛を育ててもらうので、ウグイスの巣探しを行ったことがあります。春から夏の終りまで、ウグイスの繁殖期は長く4月から8月まで続き、薮での調査は過酷です。特に7月や8月になると、薮に入るのが嫌になる。もう、拒否症状が出るくらいです。そんな調査を続けていると、1羽の雄のなわばりで5~7個くらいの巣が見つかります。繁殖ステージ(卵やヒナの成長段階の違い)が同じものもありますが、一夏を通して順に見つかる新しい巣も多くあります。また、捕食圧も強く、見つかる半分の巣は、既に捕食を受けて、その後も巣に卵が入ることはありませんでした。さて、一夫多妻のウグイスの雄は子育てへの協力は一切しません。造巣、抱卵、育雛は全て雌の仕事、雄の役割はなわばりを見回り、捕食者が近づくとケキョケキョ・・と、谷渡りと呼ばれる鳴き方で、けたたましく鳴いて、雌に警告すること。後はホーホケキョと囀り続け、他の雄を排斥し、新しい雌を呼び寄せ、繁殖をしてもらい、自分の子孫をより多く残すという、一本道で動いています。そのための囀りは重要で、日本の3鳴禽(こんな表現、昔はあったと思ったのですが、広辞苑には載っていない)と言われるような美しい囀りを春から夏の終り近くまで続けるのです。また、腿の筋肉の増加は、強力な力を与え、枝をしっかりつかみ、遠くまで聞こえるような囀り姿勢を維持することができます(写真4)。子孫を多く残すため、ウグイスの雄は、しなやかなすらっとした見た目よりも、筋肉隆々のマッチョマンに大きく変貌を遂げるほうに向ったのです。秋、繁殖が終わると、囀る必要がなくなった雄は、体重が減少して、チャチャ・・と鳴きながら薮の中を移動する生活に戻ります。もう夏のウグイスの面影はありません。春が来る毎に体重を増やし、秋になるとまた瘠せるといったサイクル、身体にいいことは無さそうですが。

写真4. 春にさえずるウグイス

ウグイスの性比の不思議

 ところで、一夫多妻のウグイスであれば、当然、雌に性比が偏っていていいのではと、今、考え付きました。そこで、バンディングデータを調べてみることにしました。2016年から2022年までの7年間のウグイスの捕獲数です。調べてみると雄は87羽、雌79羽でした。うーん、これは?・・性比はほとんど1:1です。繁殖期の雄のなわばりでは複数の巣が見つかり、時には繁殖を失敗した雌の移動例もありました。推測ですが、ウグイスの性比が同じであれば、雄のなわばりで見つかる巣の数は、再営巣をした雌がほとんどだということになります。繁殖に失敗した雌は、同じ雄のなわばり内で再営巣をするか、移動して別の雄のところで再営巣をしているということになります。そこで、ウグイスの研究者である友達に登場してもらいます。友達がいるのはいいですね。何でも聞ける。国立科学博物館のH氏、性比はどうなの?と教えを乞うと、繁殖していない雄もいたし、雌は繁殖に失敗すると、同じ場所あるいは移動して再繁殖をするので、たぶん性比の偏りは無いのでは、ということで、一夫多妻でも性比はあまり変わらないという結論。身近な鳥であるウグイスも結構、不思議があるんですね。


​ この話のウグイスの体重変化の内容は千葉晃さん、今西貞夫さんと私の3人で調査をして、論文になっています。一読をお勧めします。


参考文献

Akira Chiba, Hiroshi Uchida and Sadao Imanishi  2014 Physical Traits of Male Japanese Bush Warblers (Cettia diphone) in Summer and Winter: Hyperactive Aspects of the Vocal System and Leg Muscles in Summer Males Zoological Science, 31(11):741-747.

濱尾章二 1992 番関係の希薄なウグイスの一夫多妻について 日鳥学誌 40: 51-65.


プロフィール

内田 博(うちだ・ひろし)

埼玉県東松山市在住 2021年の私、このときは72歳です。コロナ渦の下、今年はカワセミの調査をして楽しんでいます。もう200羽以上捕獲して、定住性、移動や生残率など調べています。著書に『日本産鳥類の卵と巣』(まつやま書房)。

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