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  • 執筆者の写真岡安栄作

鳥の巣ってすごいね!

 鳥の巣は種によって形や巣材が違います。今回は身近に見られる野鳥の巣について紹介します。

写真1. 巣の標本

 鳥の巣は芸術品だ…と心底思うようになるにはさほど時間がかかりませんでした。初めて巣箱の中で作られたシジュウカラの巣を取り出した時、手に伝わる感触とともに巣材をどこから調達したのか? 巣を作る設計図はあるのか? と思い、命が宿る場所であることから神秘的な要素を持ち合わせた芸術品に見えました。

 私は日本鳥類保護連盟の普及啓発業務で巣箱事業を担当しており、巣箱を通して野生動物である鳥の生態をはじめ、鳥と人との関係を知るきっかけづくりを提供しています。巣箱から取り出した巣に限らず、いろいろな鳥がいろいろな環境や巣材で作った魅力的な鳥の巣をみんなに伝えたい! そして、直接手に取って触れることが出来る巣の標本を作ろうと思い立ち、巣の収集が始まりました。しかし、巣を作る鳥の種と同じ数だけ巣の種類があると考えると全種類収集という野望は瞬く間に消え、可能な範囲の種類を集めよう! というゆる~い野望となりました。

 

●自己流標本テクニック

  巣材を標本にするためにいろいろな方が考案し、すでに確立している分野かと思います。当初は保存性を重視するため、樹脂でガチガチに固めた標本作りを行いましたが、手に取った時の質感が採取時の違い、特にコケや獣毛などモフモフした質感がまったくありませんでした。そこで、数年におよぶ試行錯誤の末、人体無害の原料を使用した㊙コーティング剤が完成し、現在も巣材によって濃度や塗布回数など調整することで、質感がある程度保てる標本をつくることが出来ました。

 

●引き算の巣

 スズメ、シジュウカラ、メジロ、エナガなどの巣を標本処理してきましたが、いろいろな巣材を使用し嘴の巧み技で作り上げた巣は芸術的思想を刺激します。これを「足し算」の巣と考えるならば「引き算」の巣があります。世間では、「簡素な巣」とか、「粗雑な巣」と説明される巣があります。キジバトです。


 製作した標本では200本に満たない細い枝で作られており、透けて見えるほど隙間かあります(写真2)。確かに酷いかも…。しかし、見方を変えれば、必要最低限の巣材と短時間で作り上げた省エネな巣ではないかと思っています。まさに余計なものを極力省いた「引き算」の巣です。標本にする時は、枝と枝の重なり合ったわずかな接点を接着材で超根気よく固定します。気が遠くなるような作業ですが、手に取っても崩れない標本ができます。粗雑な巣と言われても本能に従い引き算の巣を作り続けているキジバトに尊敬の念を感じます。

写真2. キジバトの巣

 

●巣箱に不思議な羽根

 タワーマンションが建ち並ぶ都会の真ん中の緑地で営巣したスズメの巣箱を回収し巣を標本にしました。巣箱から巣材をそっと取り出し、確認します。基本の巣材は枯れ草で構成されています。その他、ドバト、カラスなどの羽毛もよく使用されていますが、中には猛禽類の羽根が混じっているものもありました。巣箱の周辺から巣材を調達しますので、「近くにいつもドバト、カラスがいたんだ!」や「猛禽類が狙っていたのかな?」など使用した巣材から周辺環境が読み取れるのが楽しいです。

 しかし、1枚の不思議な羽根がありました。えっ? なに? と始めは種が特定できませんでしたが、後に「ニワトリ」の羽根らしいと判明しました(写真3)。都会の真ん中で野生のニワトリが棲息!? いやいや近くでニワトリを飼育…。と思いを巡らせましたが、実は車のホコリ取り、つまり「羽ばたき」でした(写真4)。確かに巣箱の周辺には黒色の高級な車が駐車しており、時折、トランクから羽ばたきで清掃をするドライバーがいました。清掃中に抜け落ちた1枚の羽根をスズメが採取し巣材として利用したものでした。ん~、なんておもしろい!


写真3. 巣箱に入っていたニワトリの羽
写真4. 車の羽ばたき

●世相を映した巣

  今から10年前の都会の緑地に設置したジュウカラの巣の中には、薄汚れた白色で形が整った繊維状のものがかなりの頻度で確認できました。しかし、ここ最近は滅多に見ることがなくなりました。その繊維の正体は「タバコのフィルター」です(写真5)。

写真5. タバコのフィルター

折からの禁煙ブームとポイ捨て禁止の厳格化から、シジュウカラが採取できないほど激減したようです。シジュウカラから見れば巣材の1種がなくなり、人間側からすればポイ捨て禁止の成功です。小さな巣材から世相を映した巣と考えると、なんだか素敵だと思いませんか。今後も時代や環境によってどんな巣材が使用されるか楽しみです。


●巣は未来をつなぐ

 入手した巣から生きた鳥そのものを見ることはありませんが、鳥が作った、鳥が運んだ、ヒナが巣立った場面が楽しいくらい想像できます。そして、その鳥が棲息していた周辺環境、ヒナが巣立つためには餌となる昆虫をはじめたくさんの生きものがいたはずです。鳥の巣からたくさんのことを知る・感じる・想像することができる素敵な巣を通して多くの鳥好きが育っていきます。



プロフィール

岡安栄作(おかやす・えいさく)公益財団法人日本鳥類保護連盟普及啓発室 室長。普及啓発事業として、親子、児童を対象とした巣箱事業を行っています。巣箱作り、巣箱架け、利用後の巣箱の中を観察する巣箱調べを一貫したプログラムで展開し、鳥の魅力を精一杯伝えています。参加者がワクワクしながら巣箱のフタを開けた時の表情は、鳥や自然環境のことが伝わっていると実感する瞬間です。





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