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  • 執筆者の写真パブロ アパリシオ・フェルナンデス

タカミ

 ある関東地方の秘境。秋晴れの空の下に輝く岩山を眺めながら、「鳥」を探していました。

 突然、隣の尾根を越えて私がいる尾根に真っすぐ向かってくるハヤブサが現れました。表情をあまり変えられない生き物ですが、素早い羽ばたきで、焦り感に溢れていました。そんなハヤブサをカメラに収めようとしたら、後ろに迫る大きな影が1つ、2つ見えてきました。急いでピントを合わせて覗いてみると、イヌワシでした。

 隣尾根まで距離が短かったこともありますが、とにかく3羽ともスピードは非常に早く、考える余裕もなく私がいた尾根に近づいてきました。一瞬、優先すべき被写体を悩みましたが、時間がないので本能に任せて飛んでくる順番で撮影しました。しかし、あっという間に頭上約20メートルを通過して、逆光の範囲に回ってしまいました。ハヤブサは、その先の深い谷に急降下して逃げ切ったため、2羽のイヌワシは追いかけるのを止めて、少し離れた場所でゆっくりと「つがいの共演」を始めました。これは、はっきりと記憶に残る鳥肌が立ったエピソードでした。


写真1. 秋が深まる頃の峰々。


 その後、日本をはじめ、オーストリアや母国のスペインで何度もイヌワシを観察する機会がありましたが、遠くで飛ぶ姿がほとんどでした。そして8年が経ち、また秋晴れに包まれた繊細な模様の山並みをステージに、「鳥」を待っていました。今度は中部地方の秘境です。美しい景色だけで満たされてぼぉっとしそうな時に突然、約20メートル先の並木を越えて、こちらに向かってくる1羽のイヌワシが現れました。「どこから来た?」という速度で、頭上約6メートルを通過してしまいましたが、その姿は巨大で、優に2メートルはあったように見えました。風を切る音も、他の鳥に比べて圧倒的に迫力があり、とても存在感がありました。まさしく天狗様のようでした。

 人生で初めて野生のイヌワシに最接近した瞬間でした。その後、離れてゆくイヌワシの姿は静かで、太陽の光を浴びて輝くゴールデンイーグルになりました。しかし、運よく数百メートル先で旋回し高度を上げ始めたため、ゆっくりとその姿を満喫することができました。履歴書のように複数年代の羽が混じる亜成鳥で、野生感に溢れる雰囲気の美しい個体でした。昔とは違って、遠くで飛翔するイヌワシの自然な行動を見守るだけで満足する現在でも、やはり近くで見れた時はとても嬉しいし、画像に収められれば尚更です。


写真2. 秋晴れのニホンイヌワシの亜成鳥。


 幼い頃から生き物が大好きだった私は、小学生の頃には、友達の間で「爬虫類の名ハンター」と呼ばれていました。昆虫類、両生類、哺乳類、そしてもちろん鳥類も好きでした。その時代に、部屋に貼っていたスペインの猛禽類のポスターをよく眺めていましたが、写っていた種類のほとんどは見たことのない遠い存在でした。

 ところが、家族や友達と山に行く機会が増えるうちに、空に浮かんでいるかのような猛禽類の姿を頻繁に見かけるようになりました。例えば、イヌワシに関しては、生まれ育った地域である南スペインがヨーロッパ最大の生息地であり、出会うのは難しくありません。また、同地域の代表的な猛禽類であるシロエリハゲワシは、日本のトビ以上に山で普通に見ることができます。大型の猛禽類が繁殖しやすい険しい地形の山が多く存在するだけではなく、疎林や草原などの開放的な環境では、餌となるウサギなどの中型の哺乳類や鳥類が豊富です。その上、保全地区では多くの家畜の死骸も計画的に猛禽類のために放置される習慣もあり、彼らには有利な環境であると思います。


写真3. 南スペイン特有の岩山の上空に舞うイヌワシ。探しに行けば、大体現れてくれるトップクラスの猛禽類です。

写真4. シロエリハゲワシ。巨大で、遠くに飛んでいても存在感のある死神に見えてきます。ハンティング中の姿は南スペインの乾燥気味な風景のイメージにぴったりです。


 生まれ育った町の裏山は自然豊かな1000~2000m級の山々が連なる地域であるため、猛禽類をはじめ、いろいろな生き物との出会いに恵まれました。悩みが多かった高校時代には、その山地のお気に入りの場所に通うようになりました。必ずといっていいほど空を飛んでいたシロエリハゲワシ、周辺の絶壁で営巣していた美しいボネリークマタカ、渡りの時期によく現れたチュウヒワシ、ヨーロッパノスリやトビ類などを観察していました。彼らの存在に救われたため、いつか猛禽類に「恩返し」したいと思いました。


写真5. スペインの真っ青な空を渡る美しいアカトビ。シロエリハゲワシと同じように日本ではまず見られません。

写真6. ヨーロッパノスリ。日本のノスリと同じく普通種です。黒い模様が目立ち、見慣れていなければとても魅力的に見えます。


 その後も、新しい出会いが相次ぐ大学時代を過ごしましたが、来日して1年後くらいの話に移ります。当時は自然の少ない圧迫感に溢れる東京都心に暮らしていたため、猛禽類に出会う機会はほぼなく、トビ以外は身近な存在ではありませんでした。しかし、ある日、市街地にポツンとあるお寺の寂しげな冬枯れた林で野鳥を探していたら、いきなり近くの樹木にツミが止まりました。ヨーロッパにいない、初めて見る小さな猛禽類。ツミと同じような大きさであるハイタカは、森林が少ない南スペインではあまり見かけなかったため、その大きさの鷹に慣れていませんでした。ツミの姿は非常に小さく、とても可愛らしく感じました。その後、都市公園から山の奥深い森林まで生息するツミを確認しています。あまり目立たず様々な環境に潜んでいる忍者のような特別なハンターと感じ、今でもお気に入りの日本らしい野鳥です。


写真7. 渡りの時期のある朝、出勤している途中、家の近くの電線にツミの雄雌がいました。目覚めに素晴らしい出会いでした。


 当時、次から次へと日本の猛禽類との「初出会い」を求めていました。ヨーロッパとの共通種や近似種は色々いますが、今でも特に魅力的で、スペインの種類とは離れているように感じる二種類がいます。

 一種目。今から10年以上前の話ですが、オオワシと出会うために諏訪湖を訪ねました。厳しい寒気に包まれた真冬のグレイ色の空を飛んでいたオオワシはとても存在感があり、初めて見る色合いと柄はただただ美しいと思いました。スペインでよく見ていたハゲワシの仲間のように優に2メートルを超える巨大な猛禽類ですが、その姿は全く異なります。その場のその時の匂いまでも、記憶に残った感動的な初接点でした。海に囲まれて湖も多く、魚類が豊富である日本だからこそ、越冬のために飛来する貴重な猛禽類で、定期的に探し求めるようになったお気に入りの種類です。


写真8. かつて諏訪湖に飛来していた「グル」と名付けられていたオオワシ。私にとっては初めてのオオワシですが、冬の湖のアイドルだったに違いありません。


 もう一種、クマタカ。正に日本の自然を代表する生き物であることはもちろんのこと、日本に欠かせない存在であると思います。来日するまでは、これだけ大きな森林性の猛禽類を見たことがなかったので、空を飛んでいる時の繊細な模様はもちろんとても魅力的ですが、暗くて間隔の狭い植林地の中を素早くすり抜けていく姿は、とにかく印象に残っています。そんな器用な飛翔シーンは数回しか見たことはありませんが、その度に口が開いてしまうほどでした。

 これまで最も観察時間を重ねてきた猛禽類であるクマタカに対する想いが強いことは別にして、客観的に考えても、クマタカは森林が豊富な日本の山岳地帯において森林環境に最も適している大型猛禽類です。そのため、生態系の大変重要な存在であることは間違いありません。


写真9. いつまでも飛び続けてほしいクマタカ。個人的には、「日本の山のシンボル」となる猛禽類です。


 地球にはそれぞれの地域、様々な環境で、「ブラボー」と言いたくなる素晴らしい猛禽類が生息することをはじめ、数えきれない美しい生き物の存在が、これまでの人生をたっぷり楽しませてくれています。やはり、大切に想うそれぞれとの最初の出会いや特別なエピソードは、ずっと忘れられません。

 複雑な人間社会に縛られている私たちだからこそ、この記事を通して全ての原点である自然に感謝する気持ちを共有したいと思います。そして、皆さんにも、自分の好みの「素晴らしい出会い」が沢山あるように願っています。それはきっと、自然が生み出した地球をより好きになって、もっと大切にすることで環境保全に繋がり、最終的には我々人間の幸福にも繋がると思います。まさしく自然循環 。



プロフィール:

パブロ アパリシオ・フェルナンデス

スペイン出身。スペインのグラナダ大学地理学科卒業、環境学修士課程修了。人生を通して、昆虫類から哺乳類まで観察し、調査や保全活動を行っている。特に両生類や鳥類に力を入れており、猛禽類は最愛の生き物というナチュラリスト。現在あきる野市で「森林レンジャーあきる野」として活動する他、イヌワシ、クマタカ、ハチクマなどの重要な猛禽類を調査している。また、日本鳥類保護連盟の現地調査員としても協力している。


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