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足環から見えてくるシジュウカラの暮らし-企画展「シジュウカラの社会」に寄せて

  • 執筆者の写真: 濱尾章二
    濱尾章二
  • 6月20日
  • 読了時間: 5分
色足環を装着したシジュウカラ。右足に青、左足に赤と黄色の色足環が装着されている。青い足環の上にあるのは、環境省鳥類標識調査の足環。この個体は2022年秋に植物園外からやって来て定着し、2023-25年と3年続けて繁殖した。
色足環を装着したシジュウカラ。右足に青、左足に赤と黄色の色足環が装着されている。青い足環の上にあるのは、環境省鳥類標識調査の足環。この個体は2022年秋に植物園外からやって来て定着し、2023-25年と3年続けて繁殖した。

 シジュウカラはまったくの普通種で、皆さんよく見かける鳥だと思います。ただ、東京では昔は繁殖しておらず、1960~80年代に定着し、数を増したようです。メジロやエナガのように都市に進出した鳥の一種といえるでしょう。さて、そのシジュウカラですが、寿命はどれくらいなのでしょうか。つがいの相手は毎年変わらないものなのでしょうか。また、一年中同じところで暮らしているのでしょうか。これらの問いに、ふつうの観察から答えを得ることはできません。どうしても1羽1羽を区別する、つまり個体識別をして継続的に観察することが必要になります。


 ある種の鳥の社会を調べるには、色足環を用いて個体識別をするのが一般的です。一度捕獲して、個体ごとに異なる色の組み合わせで足環を装着して放し、観察するのです。捕獲は環境省や都道府県の許可を得て、確立された安全な方法によって行います。小鳥用の色足環は1個22 mg (0.022 g) と非常に軽く、行動に影響することはありません。


 私は国立科学博物館筑波実験植物園で、2012年から巣箱をかけてシジュウカラの社会を調べています。自然樹洞の少ない植物園で多めに巣箱をかけておくと、繁殖個体はほぼすべて巣箱を利用します。営巣した親個体と巣箱で育ったヒナに足環を付け、継続的に観察することで、植物園で繁殖するシジュウカラたちの親子、つがいの関係を把握することができます。いわばシジュウカラの「戸籍」を作っているわけです。

ふ化後2日目のヒナ。巣箱のふたを開けると、親の訪巣と間違えて餌乞いをする。
ふ化後2日目のヒナ。巣箱のふたを開けると、親の訪巣と間違えて餌乞いをする。
ふ化後15日目のヒナ。これくらいの日齢になると、異変を感じると身をふせる。巣穴に嘴や前足を入れてくるカラスやテンを避ける行動である。
ふ化後15日目のヒナ。これくらいの日齢になると、異変を感じると身をふせる。巣穴に嘴や前足を入れてくるカラスやテンを避ける行動である。

 調査はまだ進行中ですが、1歳以降は毎年半数ほどの個体が死亡して行き10歳になる個体はないことや、生涯に残す子の数は個体によってばらつきが非常に大きいことがわかってきました。また、繁殖個体は冬も植物園で過ごしていますが、冬になるとよそで生まれた幼鳥が分散してやってきたり(そのまま定着して繁殖する)、成鳥がよそから越冬のためにやってきたりする(春にまた帰って行く)こともわかってきました。残念ながら「よそ」が山地なのか北の地方なのか、あるいはすぐ隣の筑波大学の林なのかは、まだ明らかではありません。

黒化変異個体。DNA分析からシジュウカラのメスであることが確かめられた。この個体は1~2月に3年連続して植物園に現れたが、繁殖期に見られることはなかった。越冬のために訪れていたと考えられる。
黒化変異個体。DNA分析からシジュウカラのメスであることが確かめられた。この個体は1~2月に3年連続して植物園に現れたが、繁殖期に見られることはなかった。越冬のために訪れていたと考えられる。

 調査で明らかになってきたシジュウカラの社会について、この夏、展覧会を行うことになりました。国立科学博物館筑波実験植物園の企画展「シジュウカラの社会-鳥の眼で見る植物園-」です。開催期間は7月5~13日です。

 この企画展ではシジュウカラの生活だけではなく、シジュウカラを中心とした生き物のつながりをも紹介します。その目玉は、ツミの巣で見つかった足環。2021年植物園内でツミが営巣しました。ヒナが巣立った後、その巣をたんねんに調べたところ、「きらりっ」と光るものが見つかったのです。


筑波実験植物園で繁殖したツミ(メス)
筑波実験植物園で繁殖したツミ(メス)
ツミの巣。アカマツの樹上4.4 m に、枯れ枝を組んで作られていた。
ツミの巣。アカマツの樹上4.4 m に、枯れ枝を組んで作られていた。
ツミの巣から見つかった足環。環境省の鳥類標識調査用の足環。2AM-41330と刻印されていた。
ツミの巣から見つかった足環。環境省の鳥類標識調査用の足環。2AM-41330と刻印されていた。

 足環に刻印された番号から、植物園の巣箱で生まれたシジュウカラのヒナに私が付けたものであることがわかりました。その後、そのヒナが巣立ち、ツミに捕まり、ヒナへの餌となったのでしょう。ツミのヒナは巣立ち後、巣で給餌を受けることはなかったので、シジュウカラのヒナは巣立ち後2週間以内に、巣立った巣からわずか50 m のところで生を終えたことがわかりました。


 シジュウカラと昆虫の少し変わったつながりも見えてきました。というのは、シジュウカラの巣を住みかにする昆虫がいるのです。例えば、幼虫がケラチンを好むイガの仲間(衣蛾と書くように、衣類を食い荒らす害虫として知られています)は、巣内雛の成長時に発生する羽鞘屑を食物として利用します。巣箱の中ではこれらのガや、それに寄生したと考えられるハチの仲間が見つかっています。鳥の巣を中心にひとつの生態系ができているのです。

マエモンクロヒロズコガ。大きさ1 cm 弱の小型のガ。いろいろな鳥の巣でよく見つかる。
マエモンクロヒロズコガ。大きさ1 cm 弱の小型のガ。いろいろな鳥の巣でよく見つかる。
巣材から現れた寄生蜂の一種。鱗翅目に寄生するハチの仲間。巣箱の中のガに寄生したものと考えられる。
巣材から現れた寄生蜂の一種。鱗翅目に寄生するハチの仲間。巣箱の中のガに寄生したものと考えられる。

 企画展では、シジュウカラの社会、シジュウカラと生態系の解説にくわえ、観察・研究へのいざないのコーナーも設けます。バードウォッチング未経験者へのガイドから、調査をやってみたい人への提案、さらに研究者が使っている道具の展示や鳥の研究ができる大学の紹介も行います。観察・研究へのいざないのコーナーは企画展閉幕後も8月末まで展示を継続します。機会がありましたら、ぜひご覧くださるようお願い致します。




プロフィール

濱尾章二(はまお・しょうじ)博士(理学)。国立科学博物館名誉研究員。公益財団法人日本鳥類保護連盟評議員。鳥の行動や生態、特に繁殖生態や音声コミュニケーションについて研究してきた。それぞれの研究の内容は、『野外鳥類学を楽しむ』(上田恵介編)、『島の鳥類学:南西諸島の鳥をめぐる自然史』(水田拓・高木昌興編;いずれも海游舎)に詳しい。主著に『フィールドの観察から論文を書く方法』(文一総合出版)、『「おしどり夫婦」ではない鳥たち』(岩波書店)。












 
 
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