2021
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都市の樹林と生きものをめぐる最近の話題

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写真1.ミズキの花
雑木林ではなく、放置林
 私が勤務する相模原市立博物館の周辺には、平地林が広がっています。“雑木林(ぞうきばやし)”と呼ばれることもあり、いろいろな樹木が茂る林という意味では、それも間違いではありません。ただ、近年、里山と同じ意味で使われる雑木林、つまり「薪炭(しんたん)材やたい肥を生産するために育成している林」という限定的な意味での雑木林とはちょっと異なります。一部のエリアには薪炭材として利用されてきたクヌギやコナラが多く植えられており、雑木林の名残を残していますが、樹林のほとんどはミズキ類(ミズキとクマノミズキ)が占めています(写真1)。畑地などを放置すると数十年かけて成立する、言うなれば“放置林”です。ちょっと言葉の印象は悪いかもしれませんが、人間が放置して、自然の遷移に任されていたということなので、立派な自然林です。

 この場所はもともと、戦前に旧日本陸軍が首都東京から軍施設を移転して、兵器の製造や整備の技術者を育成するための学校などを建設していた場所です。戦後は米軍が接収して、軍属の住宅や通信施設に利用していたものの、1960年代後半には遊休地化していました。1974年に日本へ返還されましたが、国から神奈川県と相模原市へ売却された後の「売れ残った土地」が「処分留保地」として残されることになり現在に至ります。これが放置林の成り立ちです。

 当館は相模原市が国から購入した土地に建っており、敷地の片側には処分留保地の放置林が広がっています(写真2)。ちなみに、道路を挟んだ向かいにはJAXA(宇宙航空研究開発機構)相模原キャンパスがあります。2014年の春、この放置林のミズキのまわりに白い蛾がたくさん舞っているのに気づきました。これが、“キアシドクガ騒動”の始まりでした(写真3)。
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写真2.相模原市立博物館とその周辺の樹林地(ドローンで撮影)

キアシドクガの大発生

 昆虫は専門外である私は、キアシドクガという種名をそれまできいたことがありませんでした。やけに目立つ蛾ということと、純白の翅(はね)に山吹色の前肢が美しく、ちょっと調べてみようと思ったのです(写真3)。そして、特徴的な外見で種名はすぐにわかり、さらにいくつかの文献から「都市部の公園などで時に大発生するが、5年程度で終息する」との記述を見つけました。そうか、これから5年くらいはたくさん見られるのか、と呑気に考えており、その後大騒動に巻き込まれることなど想像もしていませんでした。
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写真3.キアシドクガ(成虫)
 翌2015年は成虫の群舞が美しく、博物館のブログページに“幻想的”などと記述していました。まだ異常なほどの増加とは感じませんでした。2016年は目だって数が多くなり、さらに発生の時期が10日以上早まったように感じました。しかしこれは錯覚で、発生量が増えたために早く気付いたというだけのことでした。そしてこの年は日曜朝のニュース番組でも群舞の様子が生中継されたりして、この段階ではまだ牧歌的な様相でした。

 社会問題化したのは2017年です。すでに前年も、留保地周辺の住宅から、蛾が洗濯物に入り込むといった苦情が市役所へ寄せられたりしていました。しかしこの年は、食樹であるミズキから出て、蛹(さなぎ)になる場所を求めてはい回る幼虫(つまり、毛虫)が周辺の道路や住宅、学校などへと押し寄せて、苦情も殺到します(写真4)

 2018年はさらにひどい状況になりました。4月中旬にはミズキ林に近づくと、葉を噛む音とフンの落ちる音が「ザー、バラバラ」とかなりの音量で聞こえるほどでした。爆発的に増加したキアシドクガは、ミズキ類の葉が芽吹いて開ききる前に花芽もろとも食べつくしてしまい、飢えた毛虫が周辺へどっと広がりました(写真5)。学校は屋外での部活動の停止や、登下校を嫌がる児童が出るなど混乱をきたしました。自治会が掃討作戦(ほうきで掃き落とすのが精いっぱいでしたが)を展開するなど、大騒動と言える状況になったのです。ただ、キアシドクガは明らかに栄養不良で、幼虫も成虫もサイズが小型になり、蛹になっても羽化できずに死んでいるものが多く見られました。数えてみると、大発生に気づいてからこの年が5年目でした。

 2019年、キアシドクガは明らかに減少しました。まだかなり目立つくらいの数はいたものの、ピークが過ぎたことを実感しました。2020年はさらに減り、2021年の今年は、昨年より少し多く感じられるもの、部分的に目立つという程度です。どこで区切るかは難しいところですが、大発生は6年間続いて終息したと言えるでしょう。
 
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写真4.キアシドクガ(幼虫)
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写真5.相模原市立博物館の外壁を這い上がる幼虫(2017年)
大発生のその後
 キアシドクガによって葉を食べつくされたミズキ類は再度、休眠芽を覚醒させて葉を広げます。キアシドクガは年1化(1年間で1回だけ発生する性質)なので、ミズキ類はその後、無事に緑を回復します。しかし、食害の負荷は着実にミズキ類の樹勢を弱らせていきました。2018年頃から、樹皮がささくれた不健康なミズキが目立ち始め、一部の枝が枯れ落ちたり、中には枯れて倒れてしまう株も多く見られました。現在もその状況は続いています(写真6)。
写真3 食害され丸坊主になったミズキ類(右側)(2017年).JPG
写真6.食害され丸坊主になったミズキ類(右側)(2017年)
 そんなミズキ林のダメージと裏腹に、林床(りんしょう:林内の地面)では、元気を取り戻した植物があります。キンラン(写真7)とギンラン(写真8)です。2019年頃から、それまで見たことの無かった場所でこの野生ランの開花が見られるようになりました。
 
 キアシドクガの大発生は、相模原市内全域で見られ、数年ずつのタイムラグをとりながら、現在は神奈川県の北部から山梨県へと移動しているようです。遠方の状況はわかりませんが、少なくとも相模原市内の平地林はどこもキンランとギンランの開花がここ数年目立って増えました。はっきりとした因果関係は明らかではないのですが、キアシドクガの大発生と無縁ではないと感じています。
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写真7.キンラン
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写真8.ギンラン
鳥たちの生活への影響
 博物館周辺の樹林地には多くの野鳥が生活しています。ミズキはたくさんの果実をつけるため、大型ツグミ類やヒタキ類などが秋によく食べているのが観察されます。キアシドクガの発生のピークだった2018年は花芽ごとキアシドクガに食べられてしまい、開花も結実も見られませんでした。ミズキの果実をあてにしていた鳥たちもさぞ困ったことでしょう。
 
 キアシドクガの幼虫は、ムクドリがよく食べていましたし、成虫が乱舞しているときは、たくさんのムクドリが集まって来て口いっぱいにくわえていました(写真9)。ただ、それも一時的なものであるため、長期的にはそれほど影響は無いのかもしれません。立ち枯れた木が多くなってキツツキ類が採食しやすくなったり、洞(うろ)が増えてシジュウカラなどの営巣環境がよくなったりということはあるかもしれません。ただ、それも数年単位の変化と言えるでしょう。

 ここ数年の間に、ミズキ以外でも、老齢のコナラがカシノナガキクイムシの害で枯死し始めています。私たちの社会が、放置林として成立したミズキ林を成すがままにし、雑木林も放置していたら、自然界が強制的に古きを新しきへと更新をし始めたように思えます。こうした樹林環境のダイナミックな変化と、それに対する生きものたちの反応はいかなるものか、これからじっくり腰を据えて見ていきたいと考えています。
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写真9.成虫をたくさんくわえたムクドリ
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プロフィール

秋山幸也(あきやま こうや)

相模原市立博物館学芸員(生物担当)。絵を描くのが好きな子どもで、家にある図鑑の中でなぜか鳥図鑑を模写して遊んでいました。そのうち、庭に来た鳥が、描いたことのあるシジュウカラだと誰からも教わらずにわかってから、バードウォッチングにのめりこむようになりました。身近な自然の不思議と面白さを伝えたいと日々考えています。著書に『生きものつかまえたらどうする?』(偕成社)、『はじめよう!バードウォッチング』(文一総合出版)、『見つける見分ける鳥の本』(成美堂出版)ほか。

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